前編はこちら
会場のDolby liveは賑わっていた。
いつぞやかのザ・フーリガンズ(ブルーノマーズのバンド)の衣装を真似てドレスアップしている男性たち。キラキラのドレスよりも、ブーツカットのボトムスにクロップドトップスを合わせるような、レトロな雰囲気を身に纏うのがそこではおしゃれで、まさにSilk Sonicの音楽が体現している古き良き70年代のショーかディスコクラブに来ているようだった。
アメリカのコンサートではTicketmasterという、日本でいうチケットぴあのようなチケットサイトを利用する。アプリ上でチケット管理できるので便利なのだが、国設定を変えたりしてもなぜかアプリがダウンロードできず、チケットボックスまで発券しに行かなくてはならなかった。ただでさえショーに間に合うかどうかギリギリだったのに、さらに奥のチケットボックスまでひた走る。
受付の女性に「一枚でいいのよね?」と確認されたので、私がただこのSilk Sonicを観にラスベガスにきたと伝えたら、楽しんでねとチケットを渡された。これはおみやげよ、と言って渡してくれたショーのバナーが印刷されたチケットは、発券した全員がもらえるものなのか分からなかったが、Ticketmasterのアプリがダウンロード出来なくてよかったと思った。(後で隣の席の人がどこでゲットしたの?と羨んでいた)
チケットを手にした時、誇張しているわけではなく本当に手が震えて、心の底から嬉しかった。死ぬまでに一度、くらいに思っていたから、こんなに早く夢が叶うなんて。今日一日あった嫌なことなんてすっかり忘れてしまい、浮き足立って会場へ入った。
会場の入り口では手荷物チェックがある。決まったサイズ以上のカバンは持ち込めないし、スマートフォンなどのデバイスを、終演までは開けられない仕組みの袋に入れる。観客たちの素敵なファッションを写真に収めることができなかったのが残念だが、開演前はスマホで時間をつぶす私たちが空間の一挙一動に集中するしかなく、少しでも暗幕が揺れようものなら歓声があがり、みんな待ちきれないと熱量が高まっているように感じた。
私は2階の下手側の席。傾斜がしっかりある席なので、ステージから近くはなかったが全体がはっきりと見えた。
係の人が私の席を案内してくれた時、隣の席の人は踏ん反り返って座り、私の空席にひじをかけていた。身体の大きな夫婦だった。今日はとことん身体の大きな人の隣に座る運命なんだなとため息をついた。アメリカのカップル・ファミリー文化の中で一席だけの空席なんて埋まるはずもないからそうしていたのだろう。私がその席に座った時も隣の夫婦は少し驚いた様子だった。
夫婦は落ち着いたバーガンディ色のセットアップをお揃いで着ておしゃれをしていて、とても素敵だった。妻の方が話しかけて下さり、私が日本からこのショーを見るために来たこと、日本で楽器を演奏する仕事をしていること、夫婦はノースカロライナから来たこと、どんな音楽が好きかなどを話した。「彼、音楽が好きだからショーが始まったら歌い出すと思うわ」と妻が言っていたが、そんな風には見えず、私たち二人が話しているのをうんうんと静かに頷いているだけだった。
今か今かと待ち侘びて、幕が上がった時の興奮といったらなかった。観客は一斉に立ち上がり、次の瞬間には踊り、歌い始める。ステージに目を凝らすとバンドとホーンセクション、コーラス兼ダンサーをしたがえたSilk Sonicがそこにいた。
ショータイトルにもなっている ”An Evening with Silk Sonic” のアルバムと同じように ”Silk Sonic Intro”で幕を開け、ラスベガスにふさわしい「777」、そして夏らしいさわやかな「Skate」が続く。ステージは自然に転換がされ、最初はドラムスやコンガを演奏していたアンダーソン・パーク、ブルーノマーズのステージが取り払われたと思ったら、そこはダンスフロアになり、彼らもコーラス兼ダンス隊に加わり、ダンスと素晴らしいハーモニーを魅せながらショーは進んでいく。
「We took your phone away」と歌い出した時は場内から笑いが起こった。まさにいま私たちはスマートフォンを取られ、その小さな箱の中にある世界では味わえない、隣にいる人の歌声だったりだとか、地面が揺れるのを感じながら一緒にステップを踏んだりだとか、自分の身体に音楽が刻みこまれる夜を味わっている。
彼らのソロ名義の曲をSilk Sonicアレンジで聴けたのもたまらなかった。私はブルーノマーズのファンなので 「That’s what I like」「Runaway Baby」が聞こえてきた時は思い切り叫んだし、会場と一体になって大合唱した。(ときどきブルーノ本人の声が聞こえなくなるほど観客も思い切り歌う。)ブルーノの生歌は、信じられないほどの説得力だったし、その甘く力強い声色に酔いしれてしまった。
そして、生で聞いてはじめて、アンダーソン・パークの歌声の重量感と芸達者さに気づいた。ときどきコミックバンド的に寸劇を交えるのだが、彼のキャラクターがいい味を出しており、また行き過ぎることなく、きっちりと上質なエンターテインメントの枠の中で魅せる技術力に舌を巻いた。
ブルーノの歌声がサックスだとすると、アンダーソンパークはトランペットだろうか。ブルーノと同じほどの声量がある歌手はなかなかいないと思うが、アンダーソンパークはもしかしたらそれ以上で、よりぱっきりと輪郭のある声色だった。お互いが主張しながらもしっかりと混ざり合っていた。
ステージは大きく舞台変換されることはないが、レトロなSilk Sonicのネオンサインが舞台上に光り、丸いライトたちが曲に合わせて色とりどりに輝いていた。ベストなタイミングでスパークラーが上がる。私はその時代に生きていたことはないが、まるでアメリカの昔のテレビの音楽番組のようだといえば伝わるだろうか。
また、彼らを抜く映像が映し出されるモニターも秀逸だった。光が十字に光るようなフィルターや、レトロな雰囲気のグランジのフィルターがかかっていた。その曲のスタイルが映像でも細やかに表現されていた。
どこを切り取っても非の打ち所がなく、エンターテイメントの街ラスベガスの世界最高峰のショーをまざまざと見せつけられた。
観客はこの一曲を聴くために、会場に足を運んだと言ってもいいだろう。アンコールは「Leave the door open」。何百回も聴いたはずの曲だが、生で聴くそれは全く違った。観客の大合唱と、なかなか最後の一音を歌おうとしない彼らの遊び心が加わり、忘れ難いショーの終わりとなった。
私の周りにもSilk Sonicファンはいるし、来日を強く望まれているアーティストだろうからこう言うとがっかりさせてしまうかも知れないが、このショーはあのラスベガスで、あの観客たちとでないと成立しないだろう。
ひとりラスベガスの地で泣きそうになりながらも聴きに行った私にしか体験できなかったと、大いに自慢しようと思う。