ほとんど泣きそうになりながら、ラスベガスの人混みの中を走り抜けた経験はあるだろうか。私は数日前に、ある。これまでの旅の中で、間違いなく最悪の日だった。
バンクーバー、シアトルを経てラスベガスに到着した2週間弱の旅の中盤、正直に言うと私は疲れていた。
新しい場所に足を踏み入れるのはわくわくするが、土地勘のない場所での女性の一人旅、気を引き締めなければと緊張感も持っていた。
(ラスベガスというときらびやかな町並みを想像する人も多いと思うが、実際にはこんな廃れた土地が多い。ホテルやレストランが潰れてもそのまま放置、廃墟と化していたり。)
空港からホテルへ向かう市内バスを待っている時、足元のおぼつかない2人組が舌足らずな言葉で運転手に罵声を浴びせており、その足で私の目の前まで来て何やらまくし立てている。怖がっている素振りは見せず、こちらが避けるか、過ぎ去るのを待つしかない。このときは周りに人もいたし、いざという時は助けてくれるはず。その後無事に乗り込んだバスで運転手と乗客が「ラスベガスは本当にホームレスが増えた」と話していたが、今回の旅でバンクーバー、シアトル、ラスベガス、どの街もそのように感じた。クスリの匂いも前より強くなったように感じる。(念の為書いておくが、私は一度もやったことがないが、あの独特の匂いは、あ、これのことか、と察すると思う。)
長期間の旅行ではなるべく宿の出費を抑えるためにホステルをよく利用しているのだが、ラスベガスではホテルに滞在することにしていた。久しぶりに一人部屋で、大きなベッドでくつろげると思っていた矢先。チェックインを済ませて部屋に入るとクリーニングがされておらず、前の客が使ったままだった。
フロントに電話しても私の英語の拙さもあると思うが、は?クリーニング必要?みたいな返事があり、今すぐにしてくれと言って、30分後にようやくスタッフが来た。そもそもチェックインできる時間が遅い時間に指定されていたのにもかかわらず、夕方17時を過ぎてもまともに部屋を使えないホテルなんてあるだろうか…。
このご時世もあって誰かが使ったベッドに座ることもしたくないし、部屋の隅にある椅子に小さくなって掃除を待つしかなかった。(この時配信に付き合ってくれた皆さんありがとう。)本当は部屋で少し休んで、服を着替えてメイクをし直して夜のショー前に街をぶらぶらとしたかったのに。
気が滅入りそうだったので、ロビーにあるカジノを少し見てみることにした。
15分ほどして部屋に戻ると、クリーニングが終わっていたが、ゴミは残されたままだった。私の目の前にあったコーヒーの持ち帰りカップをスタッフは私のだと勘違いしており、これも捨ててほしいと何度も何度も言ったのだが、それを無視されていたのだ。そもそも彼女自身にあまり英語が通じていない雰囲気があったのでまさかとは思ったが…。
その後フロントに電話をしたが電話には出ず。何度か長めにコールしても出なかったので、あぁきっとわざとかなと考えるほどに気持ちは疲れ切っていた。
夜のショーは一生のうちに一度でもいいから聞いてみたいと思っていた、Silksonicのショーだ。それを聴けたら死んでもいいと思えるほど、大好きでやまない彼らのショーをこの旅いちばんの目的にしていた。
厳選された旅の荷物の中で最大限に着飾り、もっとゆっくり化粧も髪も整えて行きたかったのに。そう考える暇もないほど急いで支度をして、会場のDolby Live近くまで行くバスに乗った。
北のダウンタウンから南はエアポートまでをつなぐラスベガスのメイン通りを走るバスは、大きなホテルの目の前ごとに停車するようになっており、各停留所ごとにたくさんの人が降りていき、たくさんの人が乗り込んできた。
2階建てのバスの席はぎゅうぎゅうに満席で、私の隣にもずいぶんと身体の大きな黒人の男性が座った。
文化なのかわからないが、私が見てきた多くの黒人の人達は、町中でも電車でもイヤフォンを使わず、スマホから大音量で音楽を流している人が多いのだが、彼もその一人だった。その上自分も一緒になって大きな声で歌い出すし、彼が音楽に合わせて乗るたびに彼の身体が私の身体に触れていた。
席を離れればそれで済むのだが、満席のバスの中で席を立ったところで行き場もなく、席を立てば降りるしかなかった。ただでさえ遅れに遅れているバスを降りることはショーに遅れることになる。私は身体の大きくて声の大きな、見知らぬ男性がとても怖いのだが、そのトラウマもあり、静かにバスの中で泣いていた。こう文字にしてみるとどうってことないように見えてしまうのだが、その場でどうすればいいのかわからずただ身体を小さくさせるしかなかった私は、自分も身体が大きくてきっと男性だったらこんな風な思いをしなくても良かったんだろうなとも思った。
本当に最悪だ。これから人生で一番楽しみにしているショーを見に行くというのに。とにかく疲れとやるせなさとこわさで、最悪の気分だった。今これを書くために思い出すだけで泣けてきてしまう。
アジア人で、背も低く、どうしても幼く見られがちな女性がひとりでラスベガスにいるというだけで、どことなく視線を感じることにも疲れていた。注意をはらって見てくれている場合もあるけど、写真を撮っていたら中指を立てながらフレームインしてきた男性もいた。
案の定バスは大幅に遅れ、泣きそうになりながら、人混みをかきわけDolby Liveに向かって走った。
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