言葉の壁が、こんなに果てしなく辛いものだと、思ってもみなかった。
旅先で少し、話すくらいならなんてことはないのに、特に仕事をするときは、あまりの出来なさと不甲斐なさに消えてしまいたくなる。お金の数え方だって分からないのだ。お釣りを渡すのにとても時間がかかってしまう。
あたかかく見守ってくれる人もいるし、ごめん、何て言ってるか分からないと言われることもある。
心細くて、不安だけれど、そんな時は日本のコンビニで働く、外国人の店員さんを思い出す。松屋だって、マツキヨだって、なんだっていいのだけれど、外国へ来て働く人々。私が直接触れることはほとんどないけれど、オフィスの中で働く人もそうだ。
コンビニの店員さんなんて、とても流暢な言葉で、しかも何かを滞らせることなくお会計をしてくれるし、イレギュラーな、公共料金の支払いや切手の購入などにもちゃんと対応してくれる。チップを払えるなら払いたいくらいだ。もちろん、まだたどたどしく不慣れな人もいるけれど、どうかどうか優しく見守ってほしい。(罵声を浴びせる人がいるとか、日本人に代われだという客もいるというツイートを見ると、いたたまれない気持ちになる、本当にごめんね。)
だって、もし自分が海外のコンビニで働くとしたら?そこで叫んでるおっさん、あんたにできるの?
言葉以外にも、習慣が違って、なにもかも分からない土地で暮らすために、仕事するって本当にすごい。自分がその立場になって、実感を伴い、改めて尊敬の眼差しを向ける。
もういやだ、なんでみんな日本語わからないのさ、くらいの気持ちにもなるけど、そんな時は日本のコンビニで働く、店員さんを思い出すんだ。日本に帰って外国人のスタッフさんを見たら、がんばってるねぇぇなんて言いながら泣きついてしまうかもしれない。